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プランBのトリガーとしての危険度分布

気象庁が提供する危険度分布をどう使うかは、実態を見れば見るほど分からなくなっていく。下はある夏の未明に鹿児島県で発表された大雨警報(土砂災害)の危険度分布の例だ(気象庁のホームページより筆者が加工)。 10分刻みで情報がコロコロと変わる様子が見て取れる。 3時前から4時の間がピークで危険度の高い色(濃い紫)が各地に現れるもしばらくすると消える。黄→赤→薄い紫→濃い紫という順番では情報は出ず、場所によっては色を飛ばして濃い紫になる場所もある。 危険度分布はこのように何とも扱いにくい情報である。事前の避難の判断に活かすには、情報が頻繁に変わりすぎる場合がある。 そのような癖のある情報をどう使うのが正解だろうか。最近になって、危険度分布は手遅れも掴む情報として理解すれば良いと考えるようになった。 手遅れというと語弊があるかもしれないので言い換えてみよう。危険度分布の薄い紫や濃い紫は、問題なく避難できるという前提で作ったプランAのタイミングだけでなく、緊急避難的な行動、いわばプランBに切り替えるタイミングを掴む情報として理解すべきだ。 土砂災害の場合は、崖から離れた2階の部屋などに逃げ込むというのが緊急的な代替行動(=プランB)の例である。理想はもっと安全な場所に事前に避難することだ(=プランA)。しかし、事前に避難ができない事態も現実的に生じ得る。気象情報も常に危険を前もって伝えられるわけではない。そうした時にでも命が守れよう、プランB始動のタイミングとして危険度分布を使うのである。 しかし、防災対策の文脈の中ではプランAに重きが置かれがちである。 例えば防災情報や危険度分布と住民が取るべき行動の位置付けを説明した 気象庁の資料 (下記)では、危険度分布の濃い紫は「災害がすでに発生していてもおかしくない」ため、「この状況になる前に少しでも安全な場所への避難を完了しておく」と例示されている。この指摘の背景には、理想的な避難行動(プランA)がもちろん前提としてある。 だが、冒頭で見たように、いきなり赤から濃い紫になり得るのが危険度分布である。ある場合にはプランAの参考情報として危険度分布が使える場合もあるかもしれないが、別の場合には間に合わない可能性が出てくる。展開の早い遅いは雨の降り方次第だ。 危険度分

「避難行動判定フロー」の問題点

内閣府の「 避難行動判定フロー 」は 全てが順調に行くという前提に基づいたプランAしか示されていない。 図を見るとわかるように、警戒レベル3や4が出たら 避難ができることが前提となっている。 しかし、避難準備・高齢者等避難開始(警戒レベル3)や 避難勧告(警戒レベル4)が出される前後で次の状況となれば 外部への避難は途端に難しくなる。 ・雨が強く降り、道路冠水や内水氾濫が起こる ・風が吹き荒れ、外出に危険が伴う ・橋を越えて避難所へ向かう必要があるが、川が増水して渡れない ・避難所への道で崖崩れの可能性が出てきた など 避難勧告等がこれらに先立つ段階で発令されれば良が、 そのような対応が全国の自治体でいつも取られるとは限らない。 気象現象の中には極めて短時間のうち状況が悪くなるものもある。 このため、避難ができなくなる可能性があることも 前提としておく必要があるのではないか。 そうした場合の緊急避難的な行動指針(プランB)も 提示しておくのがより実践的である。 なお、避難行動を阻害する要因(内水氾濫や暴風、河川の増水、 土砂災害の危険性など)は、気象情報を使えばある程度予兆が把握できる。 現在のところ、そうした情報の見方や使い方は、 「 避難行動判定フロー 」の中では補足情報レベルでしか扱われていない(下図)。 こうした情報は外部への避難の可否に関わる情報としても利用できる旨、 強調されてよいと考えられる。

予測がどう転んでも耐えられる方法が一番の防災対策

気象情報を使って判断し、避難行動をとることは 正直に行って難しい部分がある。 予報は常に変わる。情報で伝えられていたよりも 事態が悪化することもある。 いつも適切な時に適切な情報が伝達されるわけでもない。 防災対策の上で一番効果が高いのは、 情報を利用しなくても安全が確保できる状態にしておくことだ。 情報や状況がどう転んでも、安全が確保できる場所にいれば問題はない。 気象庁は台風で記録的な高潮の発生が見込まれた際に、 「1階で就寝していると浸水で命を落とすことがある」と 呼びかけたこともある(2018年台風20号の例。下の動画参照)。 これも安全が確保できる状況を前もって作っていく工夫だ。 予測がどう転んでも耐えられる方法が一番の防災対策である。 災害のリスクが高い場合には、そのような工夫が 取れないかぜひ検討いただきたい。

避難行動に役立つ雨量

水害時の避難の決め手の一つとして 「身の危険を感じる雨」が挙げられる。 以下は国土交通省の 資料 から抜粋したもので 平成30年7月豪雨の被災者を対象にした調査結果だ。 「雨の降り方などで身の危険を感じたから」が全体のトップで、 5人に1人以上が避難の決め手となったと答えている。 雨の降り方から身の危険を感じ避難しているのであれば、 その行動を足がかりにして望ましい方向にもっていく戦略が考えられる。 望ましい方向というのは、逃げ遅れが発生しないよう、 避難しなければならない状況の際には避難するというものだ。 避難しなければならない状況はどんな時か。 過去に大きな災害がおきた時と同じ時や、 ハザードマップで想定されたような事態が見込まれる時などだ。 そうした事態に至る可能性は雨量に現れる。 過去に災害が起きた時の雨量、 ハザードマップで浸水想定の根拠として使われている雨量。 それらの雨量は災害の可能性を示す手がかりでもある。 大雨が降ったその先に何が起こりうるのかのシナリオを示す。 現時点でも、雨に対して身の危険を感じるから人は避難する。 しかし、「身の危険」は時に漠然としている。 雨量を通じてこの先何が起こりうるかのシナリオを描ければ、 もっと具体的に「身の危険」をイメージでき、 避難行動も強化されることが期待できる。 住民の避難率を上げるためには 災害と雨量に関する知識の普及が急務だ。

時間と場所をさして氾濫の恐れを伝えた情報の画期性(令和元年東日本台風の例から)

令和元年東日本台風の際に出された数々の情報の中で 最も可能性を感じた情報がある。 それは、国土交通省関東地方整備局が記者発表資料として出した次のものだ。 公式Twitterでも同じ内容が告げられている。 利根川流域では、利根川栗橋付近(131k 付近)において氾濫危険水位を超えました。今後も水位上昇が見込まれ、13 日3時頃以降、利根川左岸渡良瀬川合流点上流において越水し、堤防が決壊するおそれもあります。自治体の避難情報の確認とともに、安全確保を図るなど、適切な防災行動をとって下さい。 — 国土交通省 関東地方整備局 広報 (@mlit_kanto_koho) October 12, 2019 これらの情報は画期的だ。 通常、大河川を対象とした指定河川洪水予報では 「どこが」「いつ」決壊する可能性があるかまで具体的に伝えない。 しかしこの例では「13日3時頃以降、利根川左岸渡良瀬川合流点上流に おいて越水し、堤防が決壊するおそれ」と述べている。 場所と時間が分かるので、いつまでに/誰が/何の対策を取るべきか 具体的に検討ができる情報となっている。 どこがいつ頃危険かは当然、河川管理者から自治体に対して ホットラインで伝えていたはずだ。関東・東北豪雨(平成27年)の例では 自治体にそうした情報が行っていたという記録がある。 しかし自治体から先、住民までその情報が行くかどうかは別なのである。 災害対応に慌てる自治体が意図せず情報を抱えてしまうこともある。 そうしたことが起これば住民には情報はいかない。 河川管理者は自治体に伝えれば十分仕事を果たしたという訳ではないのだ。 そのように見てみると、東日本台風の際に関東地方整備局が行った情報提供は、 自治体どまりであった情報が広く一般にも前もって提供された例である。 こうした例はもっと注目されて良い。 欲を言えば、決壊が懸念される地点付近からの浸水の想定区域図も Twitterで同時提供されるべきだったろう。 課題や改善点はあるにせよ、住民へ直接情報を出していくことは これからもっと推進されるべきだ。 河川管理者が氾濫危険情報を出した後、氾濫発生情報まで

危険度分布の1分間動画で説明されていること・いないこと

気象庁が危険度分布の使い方を開設した動画を公開している。 要点を1分にまとめるため、かなり早口だ。 この動画の中では「避難が必要な場所は紫色で表示される」と説明している。 シンプルにまとまった動画だが、説明されていないことも多い。 例えば紫色になる前段階のうす紫色の話や、 赤色や黄色の表示については紹介なしだ。 また、危険度分布は3種類あり、 内水氾濫、中小河川の外水氾濫、土砂災害の何を 調べたいかによって見るべき危険度分布の情報は違うことも 明確に触れられていない。 危険度分布がそれぞれ何時間後までのことを 対象としているのかも特に言及はない。 このように、危険度分布一つとっても説明すべき点は山ほどある。 「危険度分布の使い方は簡単だ」と動画で述べている。 確かに、見るだけなら簡単である。 ネットでアクセスすればすぐに情報にたどり着く。 しかし、情報から危険を見極め、適切なタイミングで 行動してもらうことまでを見据えると、使い方は本当は難しい。 使い方の説明は、よく言えば丁寧に、 悪く言えば複雑にならざるを得ない。 簡単さを取れば抜け落ちる点がある。 細かく伝えれば複雑化する。 そのジレンマの克服が防災情報や気象情報をめぐる今の課題である。

危機の中の動画によるコミュニケーション(オランダの例から)

オランダでは新型肺炎の感染者が急拡大し、 通常のICUのベット数では対応しきれないといっていた危機の時にも 環境衛生の研究所(政府にアドバイスする立場の機関)は 様々な動画を作成して国民に情報提供を図っていた。 https://www.facebook.com/pg/RIVMnl/videos/?ref=page_internal 「よくぞこれだけ」という印象を受ける。 日本ではリスクコミュニケーションのために ここまで手が回らないだろう。 非常時の中でも情報を伝えることに人や資源を配置する。 それができるか否か。 それは平常時からの体制やコミュニケーションを 重視するかという姿勢にかかっていると言えるだろう。

危機の伝え方/米・蘭・日の比較から

次の3つの動画は、アメリカ、オランダ、日本で コロナウィルスの影響が切迫する際に行われた記者会見を並べたものだ。 内容の比較はともかく、モニターを使って予測を見せ、 説明を展開するアメリカは視覚的に分かりやすい。 メッセージの根拠を図示することで、 言葉だけよりも説得力は増すものだ。 見せ方一つで危機の伝わり方は異なる。 そんなことを考えさせられる例だ。

オランダの新型肺炎対応から学べる危機管理の中の合理性

オランダはよく合理的な国だと言われる。 日々の生活の中でも折に触れてそう感じるが、 今回の新型肺炎の政府対応を見ているとその思いを強くする。 オランダでは2020年3月16日から初等教育が閉鎖された。 子どもはリスクが高いグループではないということで 政府は直前まで学校を継続させる意向で粘っていた。 しかし、欧州のほとんどの国がそれまでに学校を閉鎖しており、 世論の声に押し切られる形で学校閉鎖が決まった。 3月15日の夕方のことである。 その後オランダは、新型肺炎の拡大に息をひそめた状態となる。 オランダのICUのベット数を超える患者数が予測されたため、 大急ぎで増床が図られた。医療資源が逼迫するオランダ南部から 比較的ゆとりのある北部まで患者を運んだ。ドイツにもICU患者を輸送した。 幸いにして社会的距離や飲食店休業、自宅勤務などの措置が効果を発し、 通常のICUベット数を少し超える程度で第一波を超えた。 最近のオランダはすっかり弛緩ムードが出ている。 その中での問題の一つは、いつ学校を再開するかだった。 学校を明日から閉鎖するとアナウンスされた当初は4月6日までとされていた。 しかしそれは結果的に延長されることとなるのだが、その理由が興味深い。 オランダ政府は延長措置を取る前に、子どもが感染源となっているかの 調査を行うとアナウンスし、その結果を踏まえて判断するとした。 その調査は短期間で終わるものではない。数週間を要するしっかりとしたものだ。 3月31日に首相はその他の措置延長と合わせる形で 5月休暇まで学校の閉鎖継続を国民に告げた。 そして4月21日、首相らの会見で5月11日より 小学校が再開されることが伝えられた。 この決定の背景には先ほど触れた調査を得た知見がある。 調査結果によると、子ども→子ども、子ども→大人への 感染はごく限られていると判明したという。 調査結果は翌4月22日の国会議員対象の テクニカルブリーフィングで詳細が当局から報告された。 報告の様子は中継が入っていて視聴ができる。 プレゼンテーション資料 も公開されているので 一般市民も確認できる。政策決定の背景が非常にクリアだ。 それにしても、議論をする土台、政策を判断する土台を作るた

「防災意識の向上」を目指すなかれ

自治体が防災のイベント、講演会などを企画する際には 防災意識の向上を目的としがちだ。 これでは得られるものの結果が最初から目に見えている。 一時的に「防災意識」は高まれど、喉元が過ぎれば 前と変わらないだろう。 防災意識の向上をゴールにするのではなく、 防災行動の変容を目指すのはどうか。 「気象災害に対する防災意識を向上させる」ではなく、 「避難する際の行動をより望ましいものにする」といった具合だ。 一つ一つの行動をどう変えるかを軸に働きかけるのである。 ゴールが具体的であればあるほど、その状態にするまでに 何が足りていないのかが見える。 それが分かれば働きかけ方も自ずと焦点が絞れる。 プログラムも組みやすく、事後評価もしやすい。 課題となって行動を分析すれば ゴールとして広めたい行動が見えてくる。 そのゴールが達成されるように、さらに細かい行動に分けて 働きかけを体系化していく。 その方が防災意識の向上を追い求めるよりも 効率的であり、かつ効果的ではないだろうか。 「心構え」や「防災意識」を語るのは過去のことにしよう。 人に働きかける役割を担う人には、 具体的な行動変容をぜひ目標にしてほしい。

UsefulとUsableの違い

気象情報や防災情報が煩雑となって見える背景には UsefulとUsableの未整理があるかもしれない。 情報を出す側は「これは便利(Useful)だから見てくれ、使ってくれ」と 様々な情報を盛り込む。 しかし、往往にして受け手はその情報量や情報のレベルに困惑する。 情報の利用者が使えるか(Usableか)の視点が欠けていると そうした戸惑いが生じやすいのではないか。 UsefulとUsableは似て非なるものだ。 情報を新しく作るときには、その情報が使えるか(Usableか)のレベルで 注意深い検討があってしかるべきだろう。 また、情報の利用者に働きかけるときには、 ただ便利な(Usefulな)情報があると伝えるだけでは不十分だ。 これではUsefulとUsableの間にある溝が埋められない。 Usefulの枠組みから一歩抜け出すのが先だ。 「情報をどうすれば使えるか」(Usableになるか)を 伝えていくことこそがコミュニケーション成立の肝である。

個人を出発点とするリスク情報への切り替えを

今までの日本の防災行政では、自宅が災害に巻き込まれて危険かの 読み取りや判断は住民に任せてきた。 「洪水ハザードマップの中から自宅や自宅周辺の浸水深を読み取り、 各自の事情や家の構造などと照らして避難の必要性を判断してほしい。」 言ってみればそれが行政からの働きかけの柱である。 内閣府による「避難行動判定フロー」(下図)もこの一種だ。 地域のレベルで情報を提供し、実質的な判断は個人に委ねている。 しかし、新型コロナウィルス肺炎の蔓延を受け、 避難所へ集まる避難者の抑制が急務だ。 広域避難の文脈では、浸水区域内での垂直避難者や 浸水区域内から、自治体内の浸水しない区域への避難者をのぞいて 広域避難対象者を絞り込むという考え方も出ている(下図)。 いずれの場合も、避難者数絞り込みの実質的な成否は 個人の理解力によるのだが、何とも心もとない。 これまで自治体はハザードマップなどで面的な情報を伝えてきた。 これを改め、個人に対してもっと個別にリスクを伝えるべきではないか。 ・洪水が発生するとあなたの家はどこまで浸水するか? ・どの程度の時間浸水するか? ・家で垂直避難が可能なのか? ・家で垂直避難できるときは何を想定しておけばよいのか?  ・避難先としてシナリオごとにどこが考えられるか 少なくとも上のようなことを事前に伝えておく必要がある。 ポイントは具体的であること、目線が個人単位であることだ。 「面」ではなく「点」の情報を伝えなければならない。 「点」の情報提供は海外ですでに前例がある。 オーストラリアのブリスベンでは 住所単位で浸水のリスク情報を 前もって伝え 、 水害が発生しそうなときにも住所単位で 浸水予測を出す 。 これだと危険が迫る時に具体的に何をすべきかが分かる。 河川の特性などが異なるので、オーストラリアのやり方を そのまま日本に当てはめることには無理もあろう。 しかし、コミュニケーションの発想法からは十分学ぶことができる。 オランダでは住所を入れれば最大の浸水深と発生する確率のほか、 どのような状況に直面するか、災害時に何をすべきかなどが 分かる サイト もある(下図)。 日本にも「 重ねるハザードマップ 」があ

「避難行動判定フロー」の中で語られる「我慢」の問題

中央防災会議では今後、「避難行動判定フロー」を使った 住民への防災リテラシー向上を目指すという。 避難行動判定フローとはこれだ。 「避難行動判定フロー」とは、 「ハザードマップとあわせて確認することにより、 居住する地域の災害リスクや住宅の条件等を考慮したうえで とるべき避難⾏動や適切な避難先を判断できるようにしたフロー」 であり、 「⾊々な情報がきめ細やかに出てきた中で、 情報をそぎ落として最低限やることを伝えることも⼤事。 逃げ⽅もシンプルにして、避難⾏動判定フローを 1つの考え⽅として普及していくことは⼤事」 という発想が背景にある(引用はいずれも 国の報告書 )。 情報利用者のリテラシーをあげる取り組みは賛同できる。 しかし「情報をそぎ落とし最低限やることを伝えること」を目指すため、 ところどころで説明が足りない部分がある。 例えば次の部分だ。 「浸水しても水がひくまで我慢できる(中略)場合は自宅に留まり 安全確保も可能」とある。 この部分は 当初案 では「水が引くまで許容できる」だったようだ。 「許容」が分かりづらいので「我慢」となったと考えられるが、 「我慢」という言葉は誤解を生みかねない。 何に対して我慢しなければならないかの前提情報が 「避難行動判定フロー」には出てこない。 浸水状況によっては水、電気、ガス、下水が 使えなくなる建物や地域もあるはずだ。 マンションの場合でも分電施設が浸水すれば、 電気がダメになりポンプで水を送ることもできなくなる。 短期間でそうした状況が改善される場合もあれば、長引く場合もあるだろう。 そうしたリスクに関する言及や説明なしで あなたは「水がひくまで我慢できますか?」と尋ねるのが 今の「避難行動判定フロー」だ。 「あなたは我慢強いか」云々の問題ではないことは明らかだ。 情報が少なければ正確になるわけではない。 必要な前提条件は伝えるべきである。 これは今後の改善が望まれる部分だ。

「多いところで○ミリ」の落とし穴

問題のある気象情報の伝え方の一つが、 「多いところで○ミリ」という情報だ。 例えばこのように使われる。 これは2020年4月17日にYahoo!JAPANのニュースで流れていたものだ。 では、「多いところ」とは具体的にどこなのか。 テレビのニュース(以下の例)やインターネットで公開される この先の降水量分布の予測を見て、強い雨雲が継続的に かかり続けると予測されているところが「多いところ」である。 「多いところで」という言葉だけでは伝えられていないことがある。 このことを情報の発信者は心得ておかなければならない。 同時に、情報の受け手側としては別の情報も利用し、 どこが「多いところか」を調べていくという積極性が求められる。

リアルタイムデータによるフィードバックと防災情報

行政が発出した警告・警報に対し、受け手がどう反応し、 行動しているかをほぼリアルタイムで把握できる時代だ。 【人流ビッグデータ×AIで見る新型コロナウイルスの影響: 緊急事態宣言(4/7)による「外出自粛」への影響調査】 が まさにその典型である。 これは災害情報の面で画期的だ。 これまでの災害情報の流れは、行政から受け手への一方通行であった。 情報を発出した後に人々の行動変容を把握しようとしても、 部分的な印象に基づいた評価であったり、 時間的に間が開く事後評価となっていた。 前者は客観性がなく、後者は速報性がない。 しかし、ビックデータを使って人の行動を見ていくとなると話は変わる。 客観性と速報性を兼ね備えたフィードバックが短期間で手に入る。 あるメッセージで期待した通りの行動変容が見られるかすぐに評価できる。 行政は受け手の行動変化(あるいは不変化)を踏まえ、 メッセージの内容や対策を早いサイクルで修正していくことが可能だ。 災害対策の分野でもこの技術が使われる余地が十分にある。 行政が避難勧告や避難指示を呼びかけた後の住民の行動が 見える形で行政にフィードバックされる。 行政はそれを踏まえて対応やメッセージを変えていく。 短期間に状況が悪化するタイプの災害では 現実的には運用面などで無理があるかもしれない。 しかし、数日前に呼びかけるとされる広域避難などの文脈では 人の行動を見て呼びかけを変化させていく程度の時間的余裕はあるはずだ。 そうした場面での導入が今後期待される技術だ。

逆境の中で:オランダで準備が進む「1.5メートル経済」

新型コロナウィルスで筆者の住むオランダでは 3月からソフトなロックダウンが取られている。 1.5メートルの社会的距離が取れない飲食店は軒並み営業不可。 映画やイベントなどももちろん認められない。 都市を結ぶ鉄道は30分に一本のレベルまで間引きされ、 国内の4割の労働者が毎日在宅勤務を行なっているという数字もある。 対策の効果があり、死者や新規入院患者のピークは一旦超えた。 重症患者の一部はドイツに運ばれたが、 国内で対応できるレベルでICU患者数は止まりはした。 しかし社会を止めたために、経済への影響は大きい。 IMF(国際通貨基金)は2020年のオランダの成長率を-7.5%と予測する。 今、欧州各国はロックダウンをいかに緩めていくかの段階にある。 しかし、すぐに元の生活に戻すことはできない。 対策の手を緩めればICUで対応できる患者数を数倍上回るレベルでの感染となる。 このため、医療のキャパシティーを超えない範囲内で 経済や社会を少しでも回す方法が模索されている。 そのコンセプトとして出てきたのが冒頭の「1.5メートル・エコノミー(経済)」だ。 オランダのルッテ首相は各業界団体や各産業部門、政府の全省庁に発破をかけ、 新型コロナの爆発的感染と隣り合わせという「新しい現実」下でも 収益が上がる方法、社会が運営できる方法を見出すよう指示している。 それが「1.5メートル経済」である。 最悪を直視しつつ、その中で最善を目指すというオランダの危機管理の姿勢。 終わりのない危機が日常となる中、その姿勢は評価に値するものではないか。

日本の防災情報は説明不足(河川の緊急速報メールを例に)

気象情報や防災情報を伝える際のポイントは説明を多くすることだ。 「長いと読まない。だから短くする」は短絡的であり、かえって弊害を産む。 例えば河川が危機的な水位になる際に発表される洪水予報。 緊急速報メールで地域全体の携帯電話に洪水予報が強制配信されるが、 そのメッセージが長すぎるという。 メッセージの文例がこれだ。 国土交通省のページより https://www.mlit.go.jp/river/gijutsu/kinkyusokuhou/index.html 長いだろうか? 国は令和元年に相次いだ台風を受け、緊急速報メールがもっと生かされるようにするために「文を簡潔にし、重要な情報から順に記載」するとしている。 国土交通省「河川・気象情報の改善に関する検証報告書」より抜粋 https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001338241.pdf しかし問題は長さではない。文に中身がないことが問題なのである。 例えば緊急速報メールの「河川氾濫のおそれ」の文例をご覧いただきたい。 --- (本文) ○○川の○○(○○市○○)付近で水位が上昇し、避難勧告等の目安となる「氾濫危険水位」に到達しました。堤防が崩れるなどにより浸水のおそれがあります。防災無線、テレビ等で自治体の情報を確認し、各自安全行動を図るなど、適切な防災行動をとってください。(以下略) --- これを見てすぐに避難しようと思うだろうか。 このメッセージ内容で、すぐに避難しなければと思わせるのは至難の業だ。 そもそも、説明されていない点が多すぎる。 例えば次の点には一切言及がない。 いつごろ氾濫が発生する可能性があるか 災害発生までの時間的猶予はあるか 浸水はどこで見込まれるのか どの程度の浸水が見込まれるか(最大何メートルの浸水など) 浸水が発生するとどのような被害が起こるのか(人や建物への被害など) 安全行動や適切な防災行動として具体的に何をすべきか 今のメッセージではあまりに漠然としている。 具体的な情報が圧倒的に不足しているのである。 説明が足りなければ当然、受け手側の行動も引き出せない。 中身がないメッセージは受け手の負担を増やす。 人は危険情報を受

不確かな情報を使う時の覚悟

新型コロナウィルス肺炎は仕組みや対処法に未解明な部分が多い。 科学の知見を集めても、この先何が起こるのか分からないということだ。 そのような時、組織のトップは何を根拠にどう判断するか。 オランダのルッテ首相は国内で感染が爆発的に増え、 社会的距離を導入する際に国民にこう述べた。 「私たちは科学の知見に基づいて対処する。世界の誰も何が正しい対処方法かは分かっていない。こうした危機に際しては、分かっている50%のことで100%の意思決定をしなければならない。そしてその結果に耐えなければならない」 分かっている50%のことで100%の意思決定をすること。 これは気象災害にも通じる。 気象情報が充実してきたとはいえ、どのような被害が生じるかまで全て分からない。 情報に基づいて行動しても被害が起こるとは限らない。 対策が無駄骨に終わることもある。だから判断に迷いが出る。 「もう少し様子を見よう」 「被害が見えてきたら対応しよう」 気象情報に危機が現れていたとしても、そうした誘惑にかられてしまう。 ではリーダーは不確かな情報と展開の読めないこの先の事態に対して何をすべきか。 ルッテ首相がまさしく指摘したように、決断し、責任を取ることだけである。 選択した結果が誤っていれば行動を修正すればよい。次回に反省を生かせばよい。 覚悟がなく、決断ができず、責任も取れないリーダーは不要だ。

悪い予測から目をそらすな

日本の社会は科学知識を使って災害に対応することが苦手だ。 科学的な予測を見れば、この先悲惨な状況に陥りかねないことがほぼ分かっている。しかしその段階で動けない。判断できない。目に見え、触れることができる状況が覚知できてから手を打とうと「決断」する。 だがそれでは遅い。期待通りに物事が大したことなく終わればよいが、最悪に転じた時には状況が全てを支配する。火消しに走ろうとしても、火はすでに大きくなっている。燃え盛る火を前に、打つことができる手は自ずと限られる。 今回のコロナウイルスによる新型肺炎に対する日本政府の反応には、この「いつもの」情報抜きの災害対策、科学抜きの災害対策という悪いパターンが顔を出している。 予測や情報を使って最悪を見据え、事前に対策を取る。気象災害であっても、伝染病対策であってもその基本は同じだ。 悪い予測から目をそらすな。 「そんなことは起こらないだろう」という期待にすがり、時間を無駄にするな。 できる手は先に打て。