2019年10月22日火曜日

【考察記事】避難勧告であなたが戸惑うのはなぜなのか?


―――
東日本各地に大きな爪痕を残した2019年台風19号。自治体から伝えられた避難勧告や避難指示を受け取って戸惑ったという声も少ない。そうした戸惑いを引き起こす理由の一つは、自治体が発表する避難勧告のメッセージの中身にあった。
―――

20191012日から13日にかけて台風19号が関東地方を通過し、東北地方の東海上に抜けた。台風の上陸前から各地で大雨となり、静岡県や関東甲信地方、東北地方にかけて土砂災害や河川の洪水が発生した。

台風接近や河川の増水などに伴って自治体からも避難勧告等が相次いで発表された。総務省消防庁の調べによると、最大で9都県210万人に避難指示が出されたという(毎日新聞の報道より)。

皆さんも、避難勧告や避難指示の発表を受けただろうか。もしそうであれば、自治体からの発令を知らせる連絡を受け取った時のことを思い出し、自分にこう尋ねてほしい。そのメッセージは、「あなたの避難行動の判断に役立つような十分な情報が含まれていただろうか」と。

自治体が発令する避難勧告や避難指示(本記事では避難勧告や避難勧告等と表記する)はメッセージの内容面で弱みを抱えている。もっと分かりやすく言えば内容が薄い。本記事では、台風19号の際に実際に発表された避難勧告を例にしながらこの問題とその解決策を論じていきたいと思う。

江戸川区の避難勧告の問題点
東京都江戸川区も台風19号に関連して避難勧告を発令した自治体の一つだ。江戸川区はひとたび荒川や江戸川が決壊したり、高潮が発生したりすると区内のほとんどの区域が長期間水没することが想定されている。災害が発生しそうな時には「ここにいてはダメ」と区のハザードマップで呼びかけたことがこの夏、話題になったばかりだ。

その江戸川区は1012日(土)午前945分に「新中川より西側の地域に避難勧告を発令」した。避難勧告の発令を実際に伝えた文が次のものである(江戸川区ホームページより抜粋)。

この避難勧告の主文を以下に抜き出したので注目してほしい。ここには重要な情報が欠けている。それは「なぜ避難勧告を発令したのか」という理由だ。この避難勧告では避難は呼びかけられるものの、何の危機が迫っているのかは一切伝えられていないのである。

1012日(土曜日)午前945分、江戸川区災害対策本部から新中川より西側の地域に避難勧告を発令しました。(清新町・臨海町は除く)対象地区は以下のとおりです。ご確認ください。避難所を順次開設しております。お年寄りの方・お身体の不自由な方・小さなお子様のいらっしゃる方・危険を感じられる方は速やかに避難してください(以下略)」

では、江戸川区の避難勧告の発令理由は何であっただろうか。

避難勧告の発表時刻から3時間近く経ったころに発信されたNHKの記事によると、「台風による雨で荒川流域の平均雨量が500ミリを超えると想定されることから、浸水のおそれのある地域」に対して江戸川区が避難勧告を発令したという。

この報道がなければ江戸川区民はなぜ避難勧告が発令されたかの理由が分からないままだった。その報道も発令から時間差があるので決してタイムリーなものではない。江戸川区は今回、避難勧告の伝え方という面で大きな課題を残したと言える。

満足に伝えられない避難勧告等の「理由」
しかし、何も江戸川区だけが問題なのではない。避難勧告の発表メッセージについて長年関心を持って見ているが、避難勧告の「理由」を詳しく伝える自治体は日本全国の事例を見回してもほぼ皆無である。避難勧告であなたが戸惑ったのも無理はない。

まず圧倒的に多いのが、避難勧告等を出したことだけを告知するだけという形式である。先ほどの江戸川区もこのパターンの一つだ。「○月○日○時○分に○○地区を対象に避難勧告を発令」と伝えることだけで情報が終わる。これでは避難勧告発令の背景にあるはずの「起こりうる危機」は全く共有されない。

概要程度の「理由」がつけられるパターンもある。

例えば、「台風警戒のため」「河川周辺や土砂災害の危険性が高まっているため」といったものだ。「河川の水位が氾濫危険水位を超えた」と伝える例もある。理由が全くないよりは概要程度の理由でもあった方が分かりやすい。しかし、私たちはこのレベルで満足していてはならない。なぜなら具体的な避難行動を引き起こす避難勧告のメッセージ内容からはまだまだ程遠いからだ。

アメリカの避難情報はもっと詳しい
具体的な避難勧告で人を動かすという面ではアメリカの事例が参考になる。

少し前の話だが、ハリケーン・サンディーが2012年にアメリカ東海岸を襲った時に、高潮に備えてニューヨーク市は事前に強制避難命令を出した。その際、市長から避難を呼びかけるメッセージが市民に向けて出されたのでここで紹介したい。主な内容を図にまとめたものが以下の図である。被害発生のピークやタイミングの見込み、避難に当てられる残り時間、公立学校の休講状況、鉄道やバスなどの運休計画、避難対象者のとるべき行動、避難に援助が必要な場合の連絡先などが網羅されていた(詳細記事はこちら)。

ここで、メッセージとして伝えられた情報量と日本の避難勧告の内容を比べてみてほしい。

もちろん、置かれた社会状況や文化的背景、災害の進展状況などは日本とアメリカでは全く異なる。どちらが良い・悪いと議論するのは暴論だとおっしゃる方もいるかもしれない。しかし、率直にいって避難に役立つ情報はどちらだろうか。あなた自身が避難をしなければならないかもしれない状況に直面した時、行政から提供してほしい情報は何だろうか。

避難に関する「理由」はもちろんのこと、いつ・どんな被害を受けるのか、いつまでに何をしなければならないのかまで分かるアメリカのケースの方におそらく支持が集まるのではないか。少なくとも私は今の日本の避難勧告のあり方はメッセージ内容の面で問題が見過ごされていると感じている。

なぜ日本は中身の薄いメッセージしか出せないのか
では、なぜ日本の避難勧告は内容がごく一般的で、具体性を欠くことが多いのだろうか。自治体の防災担当として、また、自治体の災害時の意思決定支援に民間気象会社のリスクコミュニケーターとして携わったことのある私の見立てでは、少なくとも次のような理由がある。

一つ目の理由は、そもそも詳しく情報を出す必要性自体が認識されていないということである。自治体にとって避難勧告や避難指示を発令するのは重い判断だ。ある意味、避難勧告は住民の生命や財産がかかっている情報である。避難勧告等の発表タイミングを行政内部で検討して外に公表することに全精力が使われ、その他のことまで考えて発表する余力がないということは十分考えられる。

二つ目の理由は、「避難勧告等の伝達文は簡潔であるべし」といういわば不文律にある。行政に携わる人間にとって、避難勧告を地域全体に伝えるツールとして真っ先に頭に浮かぶのは防災スピーカー(防災行政無線)である。しかし、各地域に設置された防災スピーカーではあまり多くの情報を伝えることが物理的にできない。ただでさえ、風雨が強い時には聞き取りにくいと言われる通信手段である。このため、避難に関するメッセージは簡潔・明瞭でなければ伝わらない。この制約を背景にして「避難勧告を発令しました」という告知形式が主流となっているのではないか。自治体が参考とする「避難勧告等に関するガイドライン」(内閣府防災担当が取りまとめたもの)には次のような伝達文の例がある。

避難勧告の伝達文例(出典はこちら
この例自体、情報量が少ない。そして防災スピーカーでの放送を前提としている。これがいわば避難勧告発令のスタンダードなので、情報量が多い避難情報というものは自治体にとって視野の外だ。

3つ目の理由として、詳しく情報を発表するだけの能力を自治体が兼ね備えていない可能性があることも指摘しておきたい。人に詳しく説明するためには十分に物事を理解しておかなければできない。同じように、住民に対して詳しく情報を出していくためにはある程度の経験や理解が求められる。しかし、特に中小規模の自治体の場合は災害対応に当たる人員も限られている。避難勧告等の発令の法的権限を持つ首長も、首長を支える防災担当職員なども、災害に対して十分な知識や情報を持っているわけでは必ずしもない。発表事実以外を伝えたくても、どこから情報を集めて何を発表すれば良いのかが判断できていない可能性がある。また、発表事実以外の「余計なこと」を書いたとしても、それが誤っていた場合の責任問題という面が行政の頭の中には当然あるだろう。

これらの理由を背景にして、あまり内容を伴わない避難勧告が一般化している。しかし日本はこのままで良いのだろうか

次の災害に備えるために何をすべきか
避難勧告が発表された際に常に問題となるのが住民の避難率の低さである。避難所以外で避難をしている例もあるので一概には言えないが、避難が呼びかけられていたのに住民か対策を取らず被災する例はどの災害でも見られるものである。

こうした問題の背景の一つには、今回の記事で指摘した「避難勧告が伝える情報の貧弱さ」があると私は考えている。避難勧告のメッセージをもっと向上させていけば、今まで避難に関する情報を受けて戸惑っていた層が避難を検討するようになる。自治体からの避難勧告を契機に避難を行なっている層にとっても情報が詳しくなることは状況判断の上で有益だ。

自治体には次の大雨や台風シーズンに備え、避難勧告の中身を充実させることにぜひ取り組んでもらいたい。十分な内容を伴った避難勧告を出していくためには、その必要性を認識することが必要不可欠である。

その上で、個々の自治体が詳しく避難勧告を発表できるようにサポートしていく仕組みがあると良い。現状でも自治体は地元気象台や河川管理者といった専門家集団の知恵や経験の蓄積に容易にアクセスできる。そうした専門機関とともに、地域の事情に即して事前に避難勧告の発表文案を作成しておくべきである。そして、いざという時にはその情報発表のために必要なインプットをホットライン等で専門機関から得ればよい。このような仕組みができれば、自治体で足りていない専門知識は十分カバーでき、ひいては住民らの避難に役立つ避難勧告が出せるようになるだろう。

また、防災スピーカーなどによる情報量の制約をその他の通信手段にそのまま当てはめるのも早急に見直すべきである。改めて言うまでもなく、防災スピーカーを利用する際の技術的な制約と、自治体のホームページで情報を発表する場合やテキストメッセージを携帯電話に発信する場合の条件とは全く別物である。それぞれの情報伝達手段のメリットを最大限に生かすメッセージが組まれるべきである。

人を動かす避難勧告とは、情報を受け取った人が戸惑うことなく行動できるような情報である。詳しい情報を自治体が提供することは可能だ。自治体には何で伝えるかだけではなく、何を伝えるかを今回の水害を教訓にぜひ考えていってもらいたい。

2019年10月16日水曜日

「こんな被害が出るのなら、もっと具体的に伝えておいてほしかった」をなくす予報。相次ぐ台風や豪雨災害に備え、避難行動を後押しするインパクト予報の充実を!

2019年台風19号で被災された方に心よりお見舞い申し上げます。

今回の台風も災害情報のあり方について多くのことを考えさせられました。その中の一つが、事前に危険を示す情報が気象庁から出されていても、なかなかその危機感が情報の受け手と共有されないという課題です。

2019年は大雨警戒レベルの話が導入され、気象情報や防災情報の出し方が見直された年でした。気象や防災に関係する私たちは、情報の中で見ているこの先の危機を伝えることができているでしょうか。

危機を専門外の人にもありありと見せること。これが今こそ求められています。そのための一つの近道が、気象現象そのものではなく、影響を伝えるインパクト予報の充実というものにあると私は思います。

インパクト予報の充実を気象庁の方で進めてもらうため、Change.orgという署名を集めるプラットフォームで署名キャンペーンを行なっています。署名がたくさん集まったら気象庁長官に届けたいと思います。

ご関心ございましたらシェアやご署名のほど、どうぞよろしくお願いします。

図をクリックしていただくとキャンペーンページが開きます

-----キャンペーンページからの転載---
■キャンペーンのサマリー
日本の防災対策の問題の一つに、気象台が繰り返し台風や大雨の危険性を訴えても、逃げ遅れや気づかないまま災害に巻き込まれるということがあります。気象情報で危険が伝えられても人はなぜ動かないのでしょうか?

その理由の一つには、予報や気象台が使う言葉がわかりづらいからではないかと思います。例えば普通の人は「最大風速30メートルの暴風」や「1時間雨量で80ミリ」と聞かされても、ほとんどの場合ピンときません。
逆に、「暴風で建物が倒壊する可能性がある」、「道路冠水が起こって交通障害が発生する」という影響を伝えられた方がこの先どうなるかが分かりやすいです。こうした影響を伝える新しいタイプの予報インパクト予報と呼ばれます。
インパクト予報はすでにアメリカで運用されており、日本でも発表することが十分できるのですがその重要性は見過ごされています。
そこで、このプロジェクトにご署名をいただくことにより、私たちはインパクト予報を必要としているという声を気象庁長官に届けたいと思います。
インパクト予報が普及すれば、早めの避難行動が期待できます。
大雨や台風による災害被害の軽減のため、ご賛同や本プロジェクトのシェアについてどうぞご協力ください。

下の動画はここから先の説明の要点をまとめたものです。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【本プロジェクトに関する詳しい説明】
■私たちが災害時にほしい情報
台風が接近したり、梅雨前線や秋雨前線で大雨となったりした時に気象ニュースで流れるのは進路や雨量の見込みといった情報です。しかし、本当に私たちが知りたいのは気象現象の見込み以上に、雨や風などによってどのような影響が出るかではないでしょうか?
アメリカの気象当局は、ハリケーンによってどんな影響が発生するかという予報を提供しています。特に有名な予報は2005年のハリケーン・カトリーナ接近前にニューオリンズの気象局が出したものです(*1)。
2005年8月28日(日)の現地時間午前10時11分に発表されたその予報では、進路や風速、影響時間などではなく、このハリケーンが私たちの生活に何をもたらしうるかを具体的に伝えました(予報文の原文と仮訳はこちら)。そのメッセージの中から一部を抜粋したものが次のものです。
  • この先何週間も居住が不可能となる
  • 切妻造の屋根は全て破壊される
  • 工業用の建物へダメージが発生する
  • 木造低層アパートは全て破壊される
  • 高層建築は少数が倒壊する。高層建築の全ての窓は破壊される
  • 風で飛ばされたものが当たることにより人やペット、家畜などの生命に被害が生じる可能性がある
  • 送電線が倒壊し、何週間も続く停電や水不足が起こる
この予報で使われた表現を通じて、記録的な暴風によって引き起こされる災害のイメージがくっきりと目に浮かびます。こうした形の影響予報はカトリーナ以前には発表されたことはなく、当時のアメリカの気象当局にとって画期的な取り組みでした(*2)。
この影響予報が発表された当時、地元行政当局は住民に対して避難の準備を速やかに行い、避難情報に留意するように呼びかけていました。カトリーナの影響を詳しく述べたこの予報はそうした呼びかけを行う上で非常に助けになったとされています(*1)。迫り来る災害が予測の中で伝えられたことが功を奏した形であると言えるでしょう。
■日本の場合は?
ここまでアメリカの例をご紹介しましたが、ここで日本の気象情報を思い出してみてください。台風だけではなく、西日本豪雨のような記録的な大雨があらかじめ見込まれる時には気象庁が緊急の記者会見を行います。その記者会見で語られる内容や気象庁のホームページで配られる資料、注意報や警報に添えられる説明文、あるいは台風などに関する数々の予測を見ると、日本ではまだまだ気象現象自体を伝えることに主眼が置かれ、影響については言及が少ないのが現状です。
例えば千葉県や東京都島嶼部を中心に住宅などへの被害や大規模な停電被害を残した2019年の台風15号の際には、気象庁による事前の記者発表で次のことが伝えられていました(*3)。
  • 9日までに予想される最大風速(最大瞬間風速)東海地方、伊豆諸島、関東地方 40メートル(60メートル)、東北地方 30メートル(45メートル)
  • 急激に雨と風が強まり、猛烈な風が吹き、海上は猛烈なしけとなり、首都圏を含め、記録的な暴風となるおそれ
  • 暴風、うねりを伴った高波、大雨による土砂災害、低い土地の浸水、河川の増水や氾濫に厳重に警戒を
台風による影響も伝えていますが、先に挙げたカトリーナの予報文と比べると影響が具体的にイメージしづらいと言えます。
■気象庁は影響の予報は出せないのか?
気象庁は影響予報を出すことが物理的に不可能なのでしょうか?私はそうは思いません。
気象庁が行なった2019年の台風15号の記者会見がインターネットで動画公開されているのでよろしければこちらをご覧になってみてください(*4)。気象庁による説明が一通り終わった後に記者からの質問時間がありました(7:49秒ごろより)。記者から出された問いの主なものは次の通りです。そこには台風の影響を確認するものが多数含まれていることが分かります。
  • 公共交通機関や道路への影響は?
  • 予測された最大風速や最大瞬間風速で何が起こるか
  • いつ頃が危険な時間帯か?
  • 都市部で猛烈な雨が降ると何が起こりうるか
  • いつ・どのように行動すべきか?
  • 過去の台風に匹敵するものはあるか など
これらの質問について気象庁は回答できています。影響の予報は可能です。今現在の問題は、影響を伝えること自体の優先度が決して高くないということです。これは非常に惜しいことだと思います。
■影響予報を充実させることのメリット
単に、「風速○メートルの風が吹く」「24時間で○ミリの雨が降る」などと伝えるのではなく、気象現象によってどのような影響が発生するかを伝えること。たったこれだけの光の当て方の違いですが、そこには日本の災害対応を変えていく大きな可能性が秘められています。
災害が発生した後に行政や大学などが行ったアンケート調査を見ると、「周辺の環境の変化」が避難のきっかけになったと多くの場合で指摘されます(*5)。自治体から避難勧告や避難指示、気象台から大雨の特別警報が発表されたとしても、河川が増水したり土砂崩れの前兆がみえたりするなど、影響が目に見えないとなかなか人は動きません。しかし、周辺環境に異常が発生してから逃げれば良いと考えていると、災害の展開が急な場合は逃げ遅れによる人的な被害が最悪の場合には発生してしまいます。
もし気象台からの予報で影響の予測が具体的に伝えられるようになれば、被災した自分や地域のイメージを実際に環境が悪化する前に持つことができます。
また、実況を手掛かりとして避難するのではなく、予報を手掛かりとして避難できればその分避難に当てることができるリードタイムを確保することが可能であり、また比較的安全なうちに避難することができる可能性が出てきます。
前述のアンケート調査(*5)によれば、「避難勧告等の発表」や「隣人等からの声かけ」も避難した理由の上位を占めていました。この先どうなるかという影響が予報を通じて明らかになっていれば避難勧告の発表もスムーズとなることでしょう。避難について隣人に声をかける側も危機感を持って伝えることができます。
【影響予報を充実させていくことで生まれるメリットのまとめ】
  • 災害に巻き込まれると自分の身に何が起こりうるかが分かるので、避難勧告などの発表や環境の悪化に先立って避難行動が進む可能性がある
  • 自治体が避難勧告などの発表を検討する際に判断がしやすくなる。結果として避難勧告などの未発表や発表遅れなどの低下が期待できる
  • 気象予報の中で危機感や切迫感を伝えることで隣人等からの声かけを後押しすることができる。結果、地域住民の避難を促すことができる など
このような可能性を秘めているからこそ、私は影響が必ずしも伝えられていない現状を変えていきたいのです。
■気象庁長官に望む具体的なアウトプット
私がこの署名キャンペーンで望むことは、気象庁長官に対して、台風や大雨を伝える時に光の当て方を変えてほしいということです。気象現象そのものを伝えるのではなく、その影響で人や社会はどうなるか。そちらにもフォーカスを当ててほしいのです。これを実現するために、気象庁や個々の予報官の意識を変えるだけではなく、具体的なアウトプットとして次の3つのことを望みます。
1. 影響を伝える予報文のテンプレート開発
アメリカの場合、冒頭で紹介したハリケーン・カトリーナ(2005年)の影響見込みを伝えた予報文を出すために、1990年代からテンプレートを開発して準備していました(*1)。準備無くして影響を伝える予報は出せません。日本でも、予報を受け取った人が影響や被害をイメージでき、避難行動をとる必要があるとすぐに認識できる予報文のテンプレート開発を気象庁に取り組んでもらいたいと思います。なお、影響を伝える予報の充実についてはWMO・世界気象機関もガイドラインを公開(*6)するなど、アメリカや諸外国の気象機関の先例を取り入れて具体的に検討していく下地は整っています。
2. 各地の気象台の予報担当者向けトレーニングと運用・一般への周知
実際に影響予報を作り自治体などに伝えるのは全国各地の気象台です。影響について伝える予報の定着とテンプレートがあってもいざという時に使われない事態がないように、影響予報発表のトレーニングを予報官に対して実施してください。そして、公表の準備が整った気象台から影響を伝える予報文を順次運用してもらいたいと思います。影響予報の開始について、国民への事前周知もあわせて行う必要があります。
3. 影響予報の評価・改善
影響に関する予報をスタートさせたら終わりではありません。表現方法や発表タイミングなどのさらなる高度化を行うために、評価・改善の仕組みを気象庁の中で整備してください。
皆様のご賛同が災害時の情報発表を変える第一歩となります。ご支援のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

<署名キャンペーンのページはこちら

■出典・参考文献
*1 United States Department of Commerce (June 2006). "Hurricane Katrina Service Assessment Report" (PDF).
*2 Douglas G. Brinkley. "The Great Deluge: Hurricane Katrina, New Orleans, and the Mississippi Gulf Coast".
*3 気象庁報道発表資料「台風第 15 号の今後の見通しについて」(PDF)
*4 ANNnewsCH “最大の警戒を”台風15号で気象庁会見 ノーカット(19/09/08)(youtube動画
*5 国土交通省作成資料(避難した理由・避難しなかった理由等)(PDF)
*6 WMO (2015). "WMO Guidelines on Multi-hazard Impact-based Forecast and Warning Services" (PDF).

2019年10月8日火曜日

【オーストラリア】具体的な行動指針まで伝える警報文の例(山火事のケース)

■はじめに 
日本の防災情報の弱いところを一つ挙げるとしたら、行政からの避難メッセージの内容だと私は思います。避難勧告などの発表時でも伝えられることはごくわずかで、よくあるパターンが発表事実をメインにしたものです。


目を海外に向けてみると、日本の行政が出す情報と量や質に大きな差があることが分かります。その違いを明らかにするために今回ご紹介したいのは、オーストラリアの山火事に対する情報発信の例です。

■ライン上に進む山火事
オーストラリア・クイーンズランド州当局の情報をご紹介する前に、現地の山火事がどう展開するかをまずは動画でご覧ください。0:22秒のところから空撮映像が流れます。そこには火災が線状になって発生している様子が映し出されています。


オーストラリアに滞在していた時に現地の人から初めて聞いた時は驚いたのですが、山火事で逃げ遅れた時にはこの火災のラインが家の周りを通過するまで安全なところにいるという方法があるそうです。このことを頭に入れながら、クイーンズランド州火災・緊急サービス(QFES)が発表した実際の予報文をご覧ください。

■2019年10月8日に発表された山火事警報
以下の訳は筆者による仮訳です。太線部は原文(こちら)に対応しています。日本に比べて優れていると考えられる点に関して、赤字で補足コメントをつけました。

----
今すぐ退避:Townson(Glen Rockの山火事関連)10月8日火曜日午後2時25分現在

メディアへの注意事項:
QFESはメディアに対して本情報の対象地域に放送を行う際には、このメッセージ内容とともにスタンダード警報シグナル(SEWS)を用いてください。
→SEWSは緊急時に流されるメディア共通の警報音で、実際の音はこちらから視聴ができます。テレビやラジオなどを通じて重要なお知らせの前には住民はこの音を耳にすることになります。

山火事の警告レベル:緊急警告

クイーンズランド火災・緊急サービス(QFES)より、山火事がTownsonに接近していることをお伝えします。これから先、車の運転を行うには危険な状況になるため、今すぐ退避することが一番の安全策です。
→緊急警告の情報が発表されたことだけではなく、危機に対応するためにいつ・何をすべきかまで簡潔に伝えられています。

山火事に対するあなた自身のサバイバル計画を今すぐ実行してください。もし事前にそうした計画がなければ、あなたが取りうる選択肢の中で一番安全な策は、状況的に可能であれば今すぐ退避することです。もしあなたが退避できないのであれば、山火事から身を守ることができるシェルターを見つけてください。あなたが今回の警告の対象エリア外にいる場合、そのエリアの状況は非常に危険なため戻らないでください。
→情報を受け取る人それぞれのパターンを想定し、何をすべきか・すべきでないかを伝えています。

10月8日火曜日午後2時25分現在、危険な山火事はGlen Rock国立公園からTownsonのMulgowie Road方面に向かって東方向に移動中です。TownsonのMulgowie Roadも影響を受ける見込みです。山火事はTownson地域にも多大な影響を与えると見込まれています。
→現在の状況に加え、今後影響を受ける場所を詳しく伝えています。

該当エリアにいる人はMulgowie Roadを経由して北方向に避難してください。
→どのルートで避難すれば良いのかまで述べています。

避難所はLaidley地区の北側にあるLaidley Cultural Centreに開設されており、住所は3 Laidley Plainland Road, Laidley Northです。

状況は現在、とても危険なもので、消防隊は火災の進行を食い止めることが間も無くできなくなる可能性があります。火災が通過する地域では全ての生命にとって直接的な危険性をもたらす可能性があります。消防隊はあなたの建物を守ることができないかもしれません。消防隊があなたのところに駆けつけると期待せず、今すぐ行動してください。
→生命に危険が迫っていることを伝えるとともに、行政(消防)の力では対応できない事態に直面する可能性をあらかじめ述べています。これにより個々人の行動を促しています。

電気、水道、携帯電話のサービスは失われる可能性があります。また、道路の状況も今後数時間のうちに非常に危険なものになる恐れがあります。
→ライフラインや通信、道路状況への影響見込みも詳しく伝えることで、今避難することの重要性を示唆しています。

この地域の住む住民は煙によって影響を受け、見通しが悪くなるとともに空気も汚染されるでしょう。

もしあなたが危険な状況に直面すると判断した場合、今すぐ緊急電話(000)に連絡してください。
→特別な助けが必要な場合の方法を伝えています。

あなたがしなければならないこと
・地元のラジオ局の番組を聴く。もしくは山火事サービス(RFS)のホームページを閲覧し情報の更新を把握する
・体を保護する服を着る(例えば長袖のコットンシャツ、底の厚いブーツ)
・体の水分量を保つために水を多く飲んでおく
・呼吸器疾患がある場合には薬を手元に置いていく
→全体に共通する具体的な行動指針を示しています。以下のところでは、退避する場合、退避できない場合といったシナリオごとに対策を詳しく述べています。

退避する場合
・安全に移動するためにペットの措置を進める
・道路の閉鎖状況を確認し、家族や友人に計画する移動ルートを伝える
・重要書類や欠くことのできない品を退避時に持ち出す(例:パスポート、出生証明書、処方された薬、食料と水、体を保護する衣服)
・視界が悪い場合には注意して運転する

退避できない場合
・ペットを屋内に避難させ、革紐やゲージを利用するか安全な部屋の中に入れることで行動を抑えておく。また、水を多めに与えておく。
・バスタブ、シンク、バケツなどのような水を貯められるところに水を貯め、飲み水や消火用の水として利用できるようにしておく。
・窓とドアを閉める。ドアや仕切りの下の部分にある隙間から煙が流れ込まないように、濡れたタオルで塞いでおく。
・家の中で火の影響を避けることができる場所を選んでおく。その場所は1つ以上の出口があり、できれば煉瓦造りの建物の中で、窓やドアから遠いところがよい。最も安全な場所とは山火事が発する激しい熱から最も遠いところを指す。火が近づき去っていく過程で最も安全な場所は変わりうるので、移動できるように準備しておく。

最新情報はこれらにより入手可能
・QFESのフェイスブックページ(@QldFireandRescueService)とツイッター(@QldFES)
・地元のラジオ局からの情報。公共放送のローカル局は次のサイトで検索可能。https://radio.abc.net.au/help/offline 公共放送以外のローカルの放送局はこちらで検索可能。http://www.commercialradio.com.au/find-a-station/queensland
・山火事サービス(RFS)のウェブサイト www.ruralfire.qld.gov.au/map
→フェイスブックやツイッターで情報が更新される旨、あらかじめ伝えています(SNSで情報が更新される十分な体制が取られています)。

もっと情報が必要な時
・山火事への備えに関する知識はRFSのウエブサイトを参照のこと
www.ruralfire.qld.gov.au/BushFire_Safety
・道路の閉鎖に関する情報は、13 19 40に電話するか、以下のウエブサイトで確認
www.qldtraffic.qld.gov.au

次のお知らせは4時25分もしくは状況が変化した時を見込んでいる。
→次の情報が出される時刻や条件をあらかじめ伝えています。
---

■まとめ
今回取り上げたオーストラリアの山火事警報の場合、
  • いつ・どこにいる人
  • どのような影響を受けるから
  • いつまでに何をしなければならないのか
が詳しく説明されていたと言えるでしょう。これらの情報があるのでとても分かりやすく、また、避難行動に結びつきやすい警報文と言えると思います。

この例は山火事であり、本ブログが主な対象とする水害とは文脈が異なりますが、オーストラリアの当局が住民に伝えようとしているメッセージの内容には日本の災害対策にとって参考にすべきものが多く含まれているのではないでしょうか。