スキップしてメイン コンテンツに移動

日本の洪水予報を巡る課題


 2020年の出水期に流れた2つのニュースを見比べてみると、日本の洪水予報の課題が見えてくる。

1つ目のニュースは、SankeiBizが2020年7月28日に配信した「球磨川の氾濫で『100年に1度』情報が洪水予報に反映されず」という記事だ(リンクはこちら)。

球磨川が氾濫するに至る前から気象庁の流域雨量指数の計算で100年に1度の事態だと示されていたにもかからわず、指定河川洪水予報ではその情報は反映されなかった点をこの記事では指摘している。

記事によれば、国交省幹部が気象庁の流域雨量指数に関して次のように述べたという。

「大河川では水位の実測値に基づく確度の高い情報を出しており、アプローチが異なる。気象庁の指数はあくまでバーチャルな数字であり、必ずしも確度が高いとは言えない」

指定河川洪水予報は気象庁と河川管理者(球磨川の場合は国土交通省)が共同で発表するものだ。しかし、実際の決定権は国土交通省が持っているようで、気象庁の影響力は少ないのが実態のようである。

ーーー

2つ目のニュースは特別警報級かと話題になった台風10号の後にNHKがWeb特集として伝えたものだ。タイトルは「出せない予報 ~70年前の法律の壁~」(記事はこちら)であり、民間(東京大学とJAXA)が開発した洪水予報システムがあっても気象業務法が壁となり公表ができない状況であることが問題点として伝えられている。

記事によれば、気象庁が洪水予報を許可しない理由は「洪水予測の技術は確立されておらず、精度が低い情報が発表されれば社会に混乱をもたらす可能性がある」ためであるという。

気象庁は民間が取り組む洪水予報の精度に疑いを持ってかかっている。しかし、その気象庁は気象庁で、国土交通省から自前の洪水予報(流域雨量指数による予報)の精度が疑われている。

洪水予報の精度を巡るこの皮肉な構造の中で、事前の情報がない状態に留め置かれているのは自治体や企業の防災担当者であり、国民全員だ。

ーーー
国が変われば洪水予報に関する規制も変わる。

オーストラリア・クイーンズランド州で2011年に発生した水害の対応録をつぶさに見た際には、ある自治体が自前の洪水予報を利用して判断した例が残っていた。

当時、オーストラリアの気象当局がその自治体向けに出していた洪水予報では、河川のピーク時の水位が自治体側から見ると過剰だったいう。

「水位がそこまで上がるとする根拠は何か?」と自治体が尋ねても、気象当局は明確に答えらなかったそうだ。このため、自治体が自らが準備していた洪水予報のモデルに基づいて意思決定を行ったという。

その自治体は気象当局による洪水予報という単一の情報源ではなく、その代替となる情報源も用意していた。これは都市部の大きな自治体の話ではない。田舎の小さな自治体の話である。

ーーー
オーストラリアの例のように、ある特定の洪水予報がいつも「正解」を導き出すとは限らない。このため、意思決定に役立つ情報は複数化されていくことが望ましい。

遅かれ早かれ、民間による洪水予報の自由化や流域雨量指数を加味した指定河川洪水予報が実現するときは来るだろう。問題は、いくつかの大きな洪水被害を経てようやく制度が変わるのか、あるいはそうした外的な要因なしで制度を変えることができるのかだけである。

私は後者に期待したい。