2000年代初頭のことですが、私はかつて愛知県にある生まれ故郷の自治体で防災担当の仕事をしていました。防災担当というと馴染みのない仕事のように聞こえるかもしれませんが、台風や地震の際に避難所を開設したり、自治体としての防災対応の計画(地域防災計画)を策定したり、災害が発生しそうなときには市町村長が発令する避難勧告などを事務的に補佐したりする仕事です。そうした仕事の中の一つが住民に対する啓発事業です。ハザードマップの配布や街全体の避難訓練などを通じて、「危険が迫るときには注意報や警報、河川の水位の情報、自治体からの避難に関する情報を入手して早めに避難を」と呼びかけていました。
その後、自治体での防災担当の仕事から離れ、民間気象会社のリスクコミュニケーターとして台風や豪雨などの予報を自治体に伝える側に立ったり、日本以外の国々での気象情報の使い方・使われ方を経験的に学んできたりした訳ですが、自治体職員をしていた時の例の呼びかけ−情報を使って判断しましょう−は非常に問題があるものだったと今では思います。
なぜでしょうか?一言で言えば、「見る」と「見極める」の違いを踏まえた呼びかけができていなかった点です。
「見る」と「見極める」は全く異なります。医者が患者に対して説明なしにレントゲンの検査結果を見せたと想像してみてください。患者もその画像を「見て」いますが、医療面の予備知識がなければその陰影が何を示しているかまで「見極める」ことはできません。気象情報の話に戻せば、情報を見てもらえば良いのではなく、情報から自らや地域などへの影響を「見極める」というレベルで利用してもらえるよう働きかける必要があったという訳です。
皆さんは気象情報を見ていますか、それとも情報から危険性を見極めていますか?
赤信号や青信号のように情報と意味の結びつきが単純であれば「見る」と「見極める」の違いはあまり問題になりません。赤信号は止まれ、青信号は進めです。しかし、気象情報の場合は様々な要素が絡んでくるため、見極めることができるようになるためには最低限の予備知識やデータを読み解く技術が必要です。
しかし、ここでいう予備知識や技術というのは気象学のことではありません。
私が自治体で防災担当をしていた時に、「知識をつけるために気象予報士の勉強をしろ」とボソッとつぶやいた上司もいましたが、気象予報士の資格を所持する今の時点から見返してみるとそこまでは不要と断言できます。気象情報から自分の身に迫る危険を見極めることが目的であるので、それ以外の要素の優先度は下げて考えます。もっと深く学ぶ必要が出てきたときにより専門性の高い本やセミナーなどで対応していけば良いのです。
では、気象情報から危険性を見極めるために求められるレベルの知識や技術とは何でしょうか?
気象情報から危険性を見極めるために求められるレベルの知識や技術、それを一言で言えば情報に現れる異常シグナル(危険な状態へと至るかもしれないという兆候やサイン)を使いこなすための知識や技術です。
実際、様々な気象情報の中で異常シグナルは断片的に、そして時に暗号文のような形で伝えられます。
例えば1時間あたりの雨量を表現する「激しい雨」や「猛烈な雨」といったキーワードはテレビなどの気象解説でも頻繁に耳にされているでしょう。他にも「○月としてこれまでの観測記録を上回る雨となっている」という情報や「○○川を対象に氾濫危険情報が発表された」という情報なども、雨量が普段通りでない場合や河川の水位が上昇している場合に発表されます。
いずれも情報の意味や意図について何も注意を払わなければ右から左に抜けてしまいそうなものばかりかもしれませんが、これらは全て立派な異常シグナルです。
異常シグナルは異常シグナルとしてキャッチできるよう、事前に知識や気象情報からの読み解き技術をつけておくことこそが重要です。別のサイトで気象情報の読み解き方を紹介したり、オンラインでセミナーなどを行なっていますが、情報への向き合い方について今一度注意を払ってみてください。