2019年10月22日火曜日

【考察記事】避難勧告であなたが戸惑うのはなぜなのか?


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東日本各地に大きな爪痕を残した2019年台風19号。自治体から伝えられた避難勧告や避難指示を受け取って戸惑ったという声も少ない。そうした戸惑いを引き起こす理由の一つは、自治体が発表する避難勧告のメッセージの中身にあった。
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20191012日から13日にかけて台風19号が関東地方を通過し、東北地方の東海上に抜けた。台風の上陸前から各地で大雨となり、静岡県や関東甲信地方、東北地方にかけて土砂災害や河川の洪水が発生した。

台風接近や河川の増水などに伴って自治体からも避難勧告等が相次いで発表された。総務省消防庁の調べによると、最大で9都県210万人に避難指示が出されたという(毎日新聞の報道より)。

皆さんも、避難勧告や避難指示の発表を受けただろうか。もしそうであれば、自治体からの発令を知らせる連絡を受け取った時のことを思い出し、自分にこう尋ねてほしい。そのメッセージは、「あなたの避難行動の判断に役立つような十分な情報が含まれていただろうか」と。

自治体が発令する避難勧告や避難指示(本記事では避難勧告や避難勧告等と表記する)はメッセージの内容面で弱みを抱えている。もっと分かりやすく言えば内容が薄い。本記事では、台風19号の際に実際に発表された避難勧告を例にしながらこの問題とその解決策を論じていきたいと思う。

江戸川区の避難勧告の問題点
東京都江戸川区も台風19号に関連して避難勧告を発令した自治体の一つだ。江戸川区はひとたび荒川や江戸川が決壊したり、高潮が発生したりすると区内のほとんどの区域が長期間水没することが想定されている。災害が発生しそうな時には「ここにいてはダメ」と区のハザードマップで呼びかけたことがこの夏、話題になったばかりだ。

その江戸川区は1012日(土)午前945分に「新中川より西側の地域に避難勧告を発令」した。避難勧告の発令を実際に伝えた文が次のものである(江戸川区ホームページより抜粋)。

この避難勧告の主文を以下に抜き出したので注目してほしい。ここには重要な情報が欠けている。それは「なぜ避難勧告を発令したのか」という理由だ。この避難勧告では避難は呼びかけられるものの、何の危機が迫っているのかは一切伝えられていないのである。

1012日(土曜日)午前945分、江戸川区災害対策本部から新中川より西側の地域に避難勧告を発令しました。(清新町・臨海町は除く)対象地区は以下のとおりです。ご確認ください。避難所を順次開設しております。お年寄りの方・お身体の不自由な方・小さなお子様のいらっしゃる方・危険を感じられる方は速やかに避難してください(以下略)」

では、江戸川区の避難勧告の発令理由は何であっただろうか。

避難勧告の発表時刻から3時間近く経ったころに発信されたNHKの記事によると、「台風による雨で荒川流域の平均雨量が500ミリを超えると想定されることから、浸水のおそれのある地域」に対して江戸川区が避難勧告を発令したという。

この報道がなければ江戸川区民はなぜ避難勧告が発令されたかの理由が分からないままだった。その報道も発令から時間差があるので決してタイムリーなものではない。江戸川区は今回、避難勧告の伝え方という面で大きな課題を残したと言える。

満足に伝えられない避難勧告等の「理由」
しかし、何も江戸川区だけが問題なのではない。避難勧告の発表メッセージについて長年関心を持って見ているが、避難勧告の「理由」を詳しく伝える自治体は日本全国の事例を見回してもほぼ皆無である。避難勧告であなたが戸惑ったのも無理はない。

まず圧倒的に多いのが、避難勧告等を出したことだけを告知するだけという形式である。先ほどの江戸川区もこのパターンの一つだ。「○月○日○時○分に○○地区を対象に避難勧告を発令」と伝えることだけで情報が終わる。これでは避難勧告発令の背景にあるはずの「起こりうる危機」は全く共有されない。

概要程度の「理由」がつけられるパターンもある。

例えば、「台風警戒のため」「河川周辺や土砂災害の危険性が高まっているため」といったものだ。「河川の水位が氾濫危険水位を超えた」と伝える例もある。理由が全くないよりは概要程度の理由でもあった方が分かりやすい。しかし、私たちはこのレベルで満足していてはならない。なぜなら具体的な避難行動を引き起こす避難勧告のメッセージ内容からはまだまだ程遠いからだ。

アメリカの避難情報はもっと詳しい
具体的な避難勧告で人を動かすという面ではアメリカの事例が参考になる。

少し前の話だが、ハリケーン・サンディーが2012年にアメリカ東海岸を襲った時に、高潮に備えてニューヨーク市は事前に強制避難命令を出した。その際、市長から避難を呼びかけるメッセージが市民に向けて出されたのでここで紹介したい。主な内容を図にまとめたものが以下の図である。被害発生のピークやタイミングの見込み、避難に当てられる残り時間、公立学校の休講状況、鉄道やバスなどの運休計画、避難対象者のとるべき行動、避難に援助が必要な場合の連絡先などが網羅されていた(詳細記事はこちら)。

ここで、メッセージとして伝えられた情報量と日本の避難勧告の内容を比べてみてほしい。

もちろん、置かれた社会状況や文化的背景、災害の進展状況などは日本とアメリカでは全く異なる。どちらが良い・悪いと議論するのは暴論だとおっしゃる方もいるかもしれない。しかし、率直にいって避難に役立つ情報はどちらだろうか。あなた自身が避難をしなければならないかもしれない状況に直面した時、行政から提供してほしい情報は何だろうか。

避難に関する「理由」はもちろんのこと、いつ・どんな被害を受けるのか、いつまでに何をしなければならないのかまで分かるアメリカのケースの方におそらく支持が集まるのではないか。少なくとも私は今の日本の避難勧告のあり方はメッセージ内容の面で問題が見過ごされていると感じている。

なぜ日本は中身の薄いメッセージしか出せないのか
では、なぜ日本の避難勧告は内容がごく一般的で、具体性を欠くことが多いのだろうか。自治体の防災担当として、また、自治体の災害時の意思決定支援に民間気象会社のリスクコミュニケーターとして携わったことのある私の見立てでは、少なくとも次のような理由がある。

一つ目の理由は、そもそも詳しく情報を出す必要性自体が認識されていないということである。自治体にとって避難勧告や避難指示を発令するのは重い判断だ。ある意味、避難勧告は住民の生命や財産がかかっている情報である。避難勧告等の発表タイミングを行政内部で検討して外に公表することに全精力が使われ、その他のことまで考えて発表する余力がないということは十分考えられる。

二つ目の理由は、「避難勧告等の伝達文は簡潔であるべし」といういわば不文律にある。行政に携わる人間にとって、避難勧告を地域全体に伝えるツールとして真っ先に頭に浮かぶのは防災スピーカー(防災行政無線)である。しかし、各地域に設置された防災スピーカーではあまり多くの情報を伝えることが物理的にできない。ただでさえ、風雨が強い時には聞き取りにくいと言われる通信手段である。このため、避難に関するメッセージは簡潔・明瞭でなければ伝わらない。この制約を背景にして「避難勧告を発令しました」という告知形式が主流となっているのではないか。自治体が参考とする「避難勧告等に関するガイドライン」(内閣府防災担当が取りまとめたもの)には次のような伝達文の例がある。

避難勧告の伝達文例(出典はこちら
この例自体、情報量が少ない。そして防災スピーカーでの放送を前提としている。これがいわば避難勧告発令のスタンダードなので、情報量が多い避難情報というものは自治体にとって視野の外だ。

3つ目の理由として、詳しく情報を発表するだけの能力を自治体が兼ね備えていない可能性があることも指摘しておきたい。人に詳しく説明するためには十分に物事を理解しておかなければできない。同じように、住民に対して詳しく情報を出していくためにはある程度の経験や理解が求められる。しかし、特に中小規模の自治体の場合は災害対応に当たる人員も限られている。避難勧告等の発令の法的権限を持つ首長も、首長を支える防災担当職員なども、災害に対して十分な知識や情報を持っているわけでは必ずしもない。発表事実以外を伝えたくても、どこから情報を集めて何を発表すれば良いのかが判断できていない可能性がある。また、発表事実以外の「余計なこと」を書いたとしても、それが誤っていた場合の責任問題という面が行政の頭の中には当然あるだろう。

これらの理由を背景にして、あまり内容を伴わない避難勧告が一般化している。しかし日本はこのままで良いのだろうか

次の災害に備えるために何をすべきか
避難勧告が発表された際に常に問題となるのが住民の避難率の低さである。避難所以外で避難をしている例もあるので一概には言えないが、避難が呼びかけられていたのに住民か対策を取らず被災する例はどの災害でも見られるものである。

こうした問題の背景の一つには、今回の記事で指摘した「避難勧告が伝える情報の貧弱さ」があると私は考えている。避難勧告のメッセージをもっと向上させていけば、今まで避難に関する情報を受けて戸惑っていた層が避難を検討するようになる。自治体からの避難勧告を契機に避難を行なっている層にとっても情報が詳しくなることは状況判断の上で有益だ。

自治体には次の大雨や台風シーズンに備え、避難勧告の中身を充実させることにぜひ取り組んでもらいたい。十分な内容を伴った避難勧告を出していくためには、その必要性を認識することが必要不可欠である。

その上で、個々の自治体が詳しく避難勧告を発表できるようにサポートしていく仕組みがあると良い。現状でも自治体は地元気象台や河川管理者といった専門家集団の知恵や経験の蓄積に容易にアクセスできる。そうした専門機関とともに、地域の事情に即して事前に避難勧告の発表文案を作成しておくべきである。そして、いざという時にはその情報発表のために必要なインプットをホットライン等で専門機関から得ればよい。このような仕組みができれば、自治体で足りていない専門知識は十分カバーでき、ひいては住民らの避難に役立つ避難勧告が出せるようになるだろう。

また、防災スピーカーなどによる情報量の制約をその他の通信手段にそのまま当てはめるのも早急に見直すべきである。改めて言うまでもなく、防災スピーカーを利用する際の技術的な制約と、自治体のホームページで情報を発表する場合やテキストメッセージを携帯電話に発信する場合の条件とは全く別物である。それぞれの情報伝達手段のメリットを最大限に生かすメッセージが組まれるべきである。

人を動かす避難勧告とは、情報を受け取った人が戸惑うことなく行動できるような情報である。詳しい情報を自治体が提供することは可能だ。自治体には何で伝えるかだけではなく、何を伝えるかを今回の水害を教訓にぜひ考えていってもらいたい。