2014年10月31日金曜日

【オランダ・オーストラリア・ニュージーランド】一本の線が語るもの・語らないもの

こんにちは。渡邉です。 

今日はロッテルダムから電車で15分弱のデルフト市にあるユネスコの関連機関、
UNESCO-IHEに行ってきました。災害に関するセミナーに参加するためです。

UNESCO-IHEは、水に関するユネスコの研究機関で、教育や研究、
能力開発などを行っています。

その建物に入ると壁に1本の水色の線を発見しました。

↑下の階の上の方に水色の線がありました


















線は曲がってそのまま階段方向へ。
↑下の階と上の階を繋ぐ階段にも続いています


















これは海抜7.54メートルを示すものです。
↑上の階の壁にも水位の線が書かれています


















「なぜ7.54mか?」ということを同席したIHEの広報の方や
研究者に聞いてみましたが「分からない」と言われたり、
冗談で返されたりして、結局何だったのかは分かりません。

ところで、こうした水位に関する表示は
水害が起こった場所の記録として残されることが多いですね。

オーストラリアやニュージーランドで撮りためていたので、
ここで紹介したいと思います。

まずは、私が通っていたオーストラリアのブリスベンにある
クイーンズランド州立大学構内の表示版2種類です。

こちらは校舎の壁に打ち付けてあったものです。
大学は川沿いにあるので、一部が浸水しました。




















水害をもたらしたブリスベン川のほとりには、2011年の水害時の水位と
20世紀の最大水位である1974年の水位が示されています。























ブリスベン市内の公園にも水害の碑があります。
垂直に立っているモニュメントが1974年の水害時の水位を示します。






















裏には説明も書かれています。

要約すると次のようなことが記載されています。
・1974年の洪水は1893年以来最大のものであった。
・1974年1月25日(金)から降りはじめ、翌日の夜までにブリスベンでは
375ミリ、内陸部ではそれ以上の降雨となった。
・この大雨による洪水でブリスベンは大規模な浸水被害が起こり、
14人が死亡、住宅6,700棟が被災、5,000人が家を失った。
・被害額は200万オーストラリアドルに達した。
・この記念碑は水害発生から25年を記念して建てられた
・このモニュメントは、(写真を撮った)Sherwood Forestで
1974年1月29日(火)に記録した最高水位を示す
・1974年の水害以降、上流にダムが建設され、1974年と同じ量の降雨が
あった場合には増水時の最高水位を2.5メートル下げるよう設計されている。























一方、こちらはニュージーランド南島の観光地、
クイーンズタウンのワカティプ湖で撮ったものです。


















アップはこちら。1878年の水害時の水位を示しています。

















昨日のブログではインターネット上で公開されている地域の災害史を
ご紹介しましたが、このように、実際の場所で水害時の水位が示されると
今見ている風景の中で災害時のインパクトをある程度、
イメージできるのではないかと思います。

プレートやモニュメントに記された1本の線が語りかけるもの、
それは過去の災害への手がかりであったり、災害に対する地域の弱さです。

ブリスベンの公園に置かれているモニュメントには詳細な説明がついていたので、
次の災害に備えるための情報をその場で提供しています。

例えば、1974年の洪水を引き起こすことになった雨量(2日間で375ミリ)は
この規模の降水量に対してブリスベン川は耐えられない
可能性があることを語っています。

私は水害などに関心があるので、ワカティプ湖の水位のラインをもとに、
地元自治体のHPで湖の氾濫の可能性について追加で調べました。

ワカティプ湖は1995年と1999年にも増水するなど、水害はまれではないようです。
水害時の写真も自治体のページで公開されているので、
ご関心のある方はご覧ください。

ユネスコIHEの7.54メートルには何か深い意味があったのかもしれません。

あるいは逆に何も意味はなかったのかもしれません。

いずれにせよ、もう一歩、ブリスベンやワカティプ湖の事例のように
語りかけてくれる手がかりがあればと考えた次第です。